なぜ今あらためてGRRか
工程の能力(Cp/Cpk)や不良率改善に取り組むほど、最終的に必ず突き当たるのが「測定の信頼性」です。 どれほど統計手法を駆使しても、入力となる測定値が揺れていては判断がぶれ、間違った意思決定につながります。 GRR(Gage Repeatability & Reproducibility)は、測定システム解析(MSA)における中核で、 繰り返し性(EV: Equipment Variation)と再現性(AV: Appraiser Variation)を分離して定量化し、 「ゲージそのもののばらつき」と「測る人の影響」を見える化します。とりわけ、多能工化が進む現場や、AI/自動検査に置き換える過渡期では、 人と機械の差が誤判定の温床になりがちで、GRRの定期点検は不良流出の最後の砦になります。
実験計画の考え方
基本形は「部品×作業者×反復」です。部品は工程内の実用範囲を広く代表する10個程度、 作業者は3人、反復は2〜3回が標準です。部品の選び方は特に重要で、 仕様範囲(LSL〜USL)全体をカバーするよう低値・中間・高値を含めると、被測定物のばらつき(PV: Part Variation)が適切に評価できます。 反復測定はランダム化し、順序効果(学習・疲労・温度ドリフト)を打ち消します。測定前にはゼロ点確認や校正履歴のチェック、 治具・押付力・姿勢などの標準化を行い、データ取りの標準作業票(SOP)を準備することで、解析後の再現に備えます。
平均と範囲法(短時間で判断したいとき)
各部品・各作業者ごとに反復データの範囲(R)を求め、全体の平均範囲 R̄ を算出します。反復数 r に応じた定数 d₂ を用い、
EV ≒ R̄ / d₂
と近似します(r=2なら d₂=1.128 で EV≒0.886×R̄)。次に、各作業者の平均値 X̄ の最大と最小の差
ΔA = max(X̄) − min(X̄) を求め、簡易的に AV ≒ ΔA / c
とします(c は経験則で 3〜6 程度、ここでは
6 を用いた簡易法を下記の電卓に実装)。最後に GRR = √(EV² + AV²)
、部品間のばらつき PV があれば
TV = √(GRR² + PV²)
とし、%GRR は TV 比または許容差比で判定します。短時間でNG/OKを見たいときは有効ですが、
作業者×部品の交互作用は見切れない点に注意します。
ANOVA法(交互作用を含めて評価)
より厳密に見るなら分散分析(ANOVA)を用います。要因は「作業者」「部品」「交互作用(作業者×部品)」、誤差項は反復差です。 ANOVA表から各分散成分を推定し、平方和(SS)と自由度(df)から平均平方(MS)を算出、交互作用が有意なら再現性 AV の推定式を切り替えます。 交互作用が大きい場合は、作業者教育だけでなく測定手順の見直し(当て方・位置決め・荷重・照明)や治具改良が必要なサインです。 実装上は統計ツール(R / Python / Excelの分析ツール)を使うのが堅実ですが、現場の一次判定としては平均・範囲法→境界ならANOVA精査の順が効率的です。
判定と意思決定
AIAGの目安では %GRR≦10% が理想、10–30% は用途次第、30%超は改善要とされます。ただし「分母」によって読み方が変わります。
①総合ばらつき比:TV=√(GRR²+PV²) に対する割合。工程のばらつきが大きいと見かけ上 %GRR は小さく見えるため、能力の高い工程ほど相対的に厳しくなります。
②許容差比:6×GRR を公差幅(USL−LSL)で割る方法。顧客規格に対して測定系が十分かを直接示し、設計段階の指標として有用です。
また、区別できるカテゴリ数 ndc ≒ 1.41×PV/GRR
は、管理図の管理に足る分解能があるかを判断する実務的な指標で、一般に ndc≧5〜10 が目安です。
よくある落とし穴
- 部品の選定が偏っている:全てが規格中央付近だと PV が過小になり、%GRR が過大に見える。
- 順序効果の未対策:「連続で同じ部品→学習」が発生。測定順はランダム化する。
- ゼロ調整・温度管理の不備:ゼロ点の漂いで EV が支配。測定前後で基準器を当て、温調時間を確保。
- 治具のガタ:押付力・当て位置が作業者でバラバラ。拘束面の見直し、バネ・リミッタ導入。
- 単位・丸め:小数点以下桁の不足や四捨五入の早すぎが、R と ΔA を歪める。
- 交互作用の見逃し:特定部品のみ作業者依存でズレる事象。散布図で作業者ごとに色分けして確認。
簡易GRR電卓(平均・範囲法)
下記は現場での一次判定を想定した簡易版です。反復数 r に応じた定数 d₂ により EV を推定し、 AV は(作業者平均の幅)/6 の近似式を用います。PV(部品ばらつき)または公差幅 T(USL−LSL)があれば、それぞれの基準で %GRR を表示します。 厳密な評価や交互作用の有意性判定は、ANOVAで実施してください。
実務チェックリスト
- 部品は仕様範囲を代表しているか(低・中・高のバリエーション)
- 測定順はランダム化したか(作業者・部品・反復の順番)
- ゼロ点確認・温調・治具清掃・照明条件は標準化されているか
- 丸め処理は計算の最後で行っているか(途中で丸めない)
- 作業者教育:当て方、荷重、位置、保持時間の定義は共有されているか
- 管理:ndcが5未満なら管理図の新設は保留、先に測定系改善を優先
- 再発防止:定期MSAのスケジュールと責任者を明確にしているか